大河原まさこより決意表明(全文・総決起集会にて)

皆様、本当にお忙しいところ、総決起集会を開いていただき、またご参加いただきまして、本当にありがとうございます。3年前のあの悔しい日から、今日のような日が来るとは思いがけないことだと私自身思っています。

この間、私が都議会に出していただいたときの「市民政治」ということを、もう一度問い直してみました。やはりこの国の政治が間違っているとしか思えません。奥田愛基さんが「国民の政治離れはあるだろう、だけれども実際は政治家が国民離れしている」とお話しされました。6年間参議院に送っていただいて、その時に同じことを感じました。それまで、私は、政治は市民の生活をよくするための道具だと言ってきました。そして今でもそう思っています。

これまで取組んできたテーマの一つとして、八ッ場ダム問題があります。私も都議会時代から取組み、そして政権をとった時にこれは確実に止められると思いました。同時に、人生を変えられるという負担を強いてきた現地の住民の方々に対して、その生活を保障する法案といっしょに提案をしていけば必ず止まると思っていました。しかし、民主党政権の誕生は革命ではなく、次の日からも同じ法律が立ちふさがる。八ッ場ダムが必要だという皆さんは変わらなかった。そして、未だに公共事業を止めるため、中止することができる法律はありません。これが、五十嵐敬喜先生が「公共事業がなぜ止まらないとのか」とお話しされた理由のひとつだとお思います。

いま、私たちが望む社会をつくるために政治をもっと使いこなす。そのことが問われているのだと思います。私は命と平和を政治の中にきちんと埋め込み、そのことを原理として政治を動かしたいと思っています。今だけのこと、あるいはお金だけのこと、自分だけのことを中心にして政治を動かしてはならないと思っています。もちろん、戦争法制を断固として廃止をするという強い思いもあります。

私の父は、名古屋で三味線屋の家に生まれ、職人の道は兄たちに任せて、職業軍人の道を選びました。1945年8月15日の終戦を迎えたときは20歳でした。そのときから20歳の青年の人生がまるで変った。彼は後に家族を持ち、この国に貢献をということで企業戦士になったんだと思います。家族を養い、この国をもう一度繁栄させるために、会社で一生懸命働き家族を養っていった。そして、私が小学2年生のとき、私の1つ年下の一人息子を急性白血病で失いました。私は大きくなるまで、どうして彼が突然にそういう病気になったのかを問うていました。私たち姉弟は高度経済成長期の真っただ中に育ちました。海外では核実験が盛んな時で、子どもが遊ぶ時には雨に濡れないようにと言われた覚えがあります。そして身の回りには生活が豊かになると同時に、合成洗剤や車の排気ガス、体に危険なものが環境の中にたくさん出てきた時代です。私が自らの子どもをもつようになり、はじめて自分の子どもが弟の歳を超えたとき、本当にほっとし、命と平和を守っていくことを母親の責任として思うようになりました。

しかし、私は政治家になり議会に行ってみて、ここに本当の意味で命を守る、平和を守るという理念が、政治の中に埋め込まれていないということに気が付きました。原発は未だに収束していない。この国は、被爆という体験もしながら被爆に対する十分な教育もしてきていない。放射能の害、放射能汚染に対して何も学ばず原発は再稼働してしまう。そして、安倍政権はこの国を世界で企業が一番働きやすい国にするという。お金持ちがより利益を上げることに力が注がれ、格差が拡大し不公正な社会になり、一人一人の信頼がなくなり、人間を分断していく。こういう政治を私は絶対に許してはならない。私たちの生活や一人一人の命はどうなっているのでしょうか。

いま、この国の子どもの6人に1人が貧困状態にあります。でもどうでしょう。アベノミクスが進められても格差は拓くばかりで、そのための是正策は打たれないままに来ている。

そして、戦争法制。安倍首相の再登場で改憲に対して危機感を持つ人が増えています。父たちの世代が他国の人たちと殺し合いをし、そして二度とこの国は戦争を起こさないと誓った現行憲法。70年間の平和を曲がりなりにも保ってきたこの国を再び戦争をする、他の国や地域の人たちが自分達の命を失うような環境、状況をつくっていく、そんなことは絶対に人として許されないと思います。

こうした中で、私たちは政治を使いこなすということを、もう一度やらなければならないのではないでしょうか。選挙に目を向け、政治に目を向け、本当に一人一人が自分の思いで政治は変えられるともう一度信じる、もう一度信じられる、そういう状況を何としてもつくっていきたいと考えています。

私は都議会に立候補するときに、小学生の子どもが3人いる私がなぜ議員になるのだろうと思いました。でも議会に行ってわかりました。私のような議員は他にいませんでした。私は、今回の全国比例区の選挙ははじめての挑戦です。でもここでも気が付きました。政党の名前を書く、このことは市民にとって白紙委任をする場所になってしまいはしないか。私、大河原まさこの名前を書いていただいて、みなさんの思いを政治につなぎたい。そのために今回の選挙があるのだと思っています。今回の選挙は、北海道から沖縄まで全国どこからでも、市民の政治を問い続けて皆さんといっしょに戦えるということだと。ぜひ、皆さんといっしょに戦いぬいていきたいと思っています。

大河原まさこ、後1か月間に会える方は限られています。ですから、みなさんが会われる方、みなさんに信頼を持つ方にお声をかけていただいて、大河原まさこを使って国を変えようよ、市民の政治を拡げようと、ぜひお伝えください。
どうぞよろしくお願いします。

2016年6月4日
大河原まさこ