私が「食べ物の安全」を強く意識したのは子どもを産んでからです。学生時代に読んだ有吉佐和子さんの『複合汚染』は強烈な記憶です。農薬や添加物があふれる状況に危機感を強く持ち、素性のわかる食べ物がほしくて生活クラブ生活協同組合に加入しました。
● 食品安全条例制定運動
チェルノブイリ原発の事故で、日本でも放射能に汚染された食品が出まわってしまうことに驚き、1989年、東京都への食品安全条例の制定運動に参加しました。55万筆もの署名を集めましたが、都議会では否決。それでも東京都の食品安全予算が倍増するなど大きな成果を得ました。
1993年、都議会議員となり、農薬や添加物の安全基準は、成長活動が活発で感受性の高い子どもに合わせたものにするべきと考え、東京都に提案。化学物質子どもガイドラインが作成されました。食品安全条例は、直接請求から15年、2004年にようやく実現しました。
● 知る権利を保障する食品表示制度へ
都議会議員となり市民・消費者運動との連携で実現したことのひとつは、遺伝子組換え食品の表示です。市民が表示を求める署名活動を行う一方で、都議会から国に対して表示を求める意見書を自治体議会として初めて提出。これに続いた自治体議会は400以上になり、不十分ながらも遺伝子組換え食品の表示が一部実現、都には独自マークができました。
また、食品添加物の表示はもとより、すべての加工食品に原料原産地表示を拡大して、消費者の知る権利や選択の権利を保障すべきだと一貫して主張してきました。食料自給率も低いまま、食品の事故や偽装問題など、モラルが問われる事態が繰り返されており、わかりやすい表示とトレサビリティの確保が鍵だと考えています。
● 都市農業の推進
食料の自給率の向上と地産地消は、食の安心・安全にもっとも重要なものです。
私は都議会議員のころから都市農業の推進を目指し、生産者の方々とも一緒に活動をしてきました。参議院議員となり、国の計画に都市農業の振興や都市農地の保全を入れることができ、都市農業振興基本法の誕生に道を拓きました。
少量多品種で付加価値の高い都市農業は、農業と福祉の連携はもとより多様な担い手を得て、地域に循環する経済の要とも期待されます。持続可能な食糧生産に資する農業・農地の確保こそ、TPPにも翻弄されない道と考えています。