私の石けん運動

● 石けん生活始まる

 新婚時代に暮らした我孫子や筑波の水道水の不味さには閉口しました。そしてその原因が手賀沼や印旛沼、霞ヶ浦に流れ込む家庭雑排水にあると知って驚きました。子どもが生まれ、安全な食べ物を求めて加入した生協の活動で、自分自身が沼の汚染の加害者であることを知らされ、洗濯・食器洗い・歯磨き・シャンプーなど、合成洗剤から石けんにすべて切り替えました。廃食油から作るリサイクル石けん工場の建設に市民出資するなど、私の石けんライフが始まりました。

● 水を汚さない暮らし

 転居した世田谷には“都市が滅ぼした川”といわれる多摩川が流れています。水質が悪化した高度成長期、川を渡る電車から合成洗剤で泡立つ堰を見た記憶があります。1970年に取水停止となった玉川浄水場は、水質基準をクリアした現在でも工業用水しか配水していません。鮎が棲むきれいな川を取り戻したいと、市民と水道労組の方々とで「多摩川を飲める水にする会」をつくって水質調査や河原清掃の活動、川を体感するために鮎の味比べや手づくりのいかだレースにも挑戦。年々、鮎の遡上も増え、河原で憩う人も増え、水質改善の効果が実感できます。

● 石けん運動は私の原点

 水道水の水質向上、身近な川の調査、足元の地下水の保全、合成界面活性剤や環境ホルモン、化学物質問題など、水に関するさまざまな課題を石けん運動を通じて共有し、都議会議員として地下水保全ガイドラインの策定や不要なダム建設を止める活動にもつながりました。参議院議員としては、地球環境のなかで常に水循環が機能するよう水循環基本法の制定にも関わることができました。水は命の源です。水を汚さない暮らしを進める石けん運動の原点を忘れず、これからも活動していきたいと思います。